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  • ICF 国際生活機能分類
    International Classification of Functioning
  • 小児がん領域におけるICFモデル活用する意義
    学校という場において合理的配慮を導き出すツールになりうる
  • 小児がん領域におけるICFモデル活用する意義
    ICFの共通言語で支援関係者の連携を円滑にできる
  • 小児がん領域におけるICFモデル活用する意義
    参加を促し「生きがい感を高める」すなわち孤立させない

ICFってなんだろう?

ICF はInternational Classification of Functioning, Disability and Health の頭文字をとったもので「国際生活機能分類」と訳され、2001 年にWHO が定めた、人々の健康状態や障害などの分類方法です。
心身機能・構造、活動、参加という生活機能に環境因子を加えて1500 項目にコード化して分類され、医療、福祉、教育などの異なる分野を結びつける、あるいは国内と海外を結びつける共通言語となっています。
このページでは主に『ICF の理解と活用』(上田 敏著)を参考にしながら、小児がん領域におけるICF 活用の意義について、事例を交えて、考えていきたいと思います。

ICF の目的は「人が生きることの全体像」を表わし、伝えることです。

ICFモデル

ICF各項目説明

健康状態

この欄には糖尿病や脳卒中といった病名のほかに後遺症などが記入されます。
小児がん経験者を対象にICFモデルを適用する場合、この欄には白血病、脳腫瘍などの病名と治療の概略および晩期合併症の有無を記入すればよいでしょう。

生活機能

次に心身機能・身体構造、活動、参加を囲むようにして生活機能と書かれています。
上田 敏氏は心身機能・構造という生活機能を「生命レベル」、活動という生活機能を「生活レベル」、参加という生活機能を「人生レベル」と表現しています。
生命、生活、人生これらは英語ならすべてLife になります。
ICF の特徴の一つは参加の概念を導入したことといわれますが、すなわちそれは、生命、生活にくわえて、人生のレベルを導入したことであると言い換えられます。
ICF が「生きることの全体像を表わす」とは、この3つのレベルで生きることを描き出しているということです。

心身機能・身体構造とは(生命レベル)

この領域では「生きる」ということを、医学的、生物学的なレベルでとらえて表現しています。たとえば、手足の動き、精神の働き、ホルモンの働き、視覚・聴覚などが心身機能(Body Function)です。身体構造(Structure)とは手足の一部とか身体の部分のことです。(コード番号はb またはs で始まり、中分類は3ケタの数字で表示)

小児がん経験者の場合、どんな晩期合併症があるのか? がこの領域に該当します。
今回は4人の小児がん経験者にICF 関連図作成ワークにご協力いただきました。
  • 体温調節(b550)ができない(2人)
  • 内分泌機能(b555)の不全(3人)
  • 運動機能(b750-789)に難あり(2人)
  • 記憶(b144)や注意(b140)の機能不全(3人)
などとなっています。

活動とは(生活レベル)

「活動」(Activity)とは、生活上の目的をもち、一連の動作からなる、具体的な行為のことで、社会生活上必要な行為も入ります。(コード番号はa ではじまる)
  • 読み書きや計算ができる(している)かどうか
  • 通学や通勤ができる(している)かどうか
  • 入浴や洗面などセルフケアができる(している)かどうか
  • コミュニケーションが難なくできる(している)かどうか
  • 課題の遂行ができる(している)かどうか、などです。
どれも年相応にできるかどうかがポイントとなります。今回の事例では
  • 記憶や注意の機能不全があるために→読み(a166)、書き(a170)、計算(a172)が不得手
  • 内分泌や運動機能に難があるため→疲れ易くなることもあり、通学(a450)の活動に支障
  • 体温調節できない→高温下や低温下の環境では、一定の課題を遂行(a210a220)することができない。か
などが確認されました。

心身機能の障害がどのように活動を制限しているかをみることが基本です。
心身機能→活動という流れになります。
逆に活動できるのにしないことで心身機能が低下する(生活不活発病という)こともあり、この場合は反対方向の矢印で心身機能←活動と表現されます。
いずれも起こりうる相互作用なので一般的に心身機能⇔活動と表示します。

参加とは(人生レベル)

人生のさまざまな状況に関わり、役割を果たすことが「参加」(Participation)です。
活動と参加は重なるところもありますが、個人的な遂行能力に焦点を当てる「活動」に対して、何らかの生活・人生場面への関わりについて社会的な観点から焦点を当てるのが「参加」です。(コード番号はp ではじまる)

●「参加」のさまざまな形

よく社会参加と言い換えられますが、社会人として社会の一翼を担うというニュアンスの社会参加だけを指すのではなく、もっと広くて深い意味を持っています。

代表的な「参加」にあたるものとしては、学校教育を受けることや、仕事に就くこと(たとえ無報酬の仕事でも)などがあげられますが、その他に家庭内で役割を果たすこと(たとえば料理などの家事を行うことなど)や、コミュニティや地域の活動、スポーツに参加することなども含まれます。

●「活動」と重なるところがあるというのは・・・

例えば、「買い物に行く」のは、一人で行くなら、「物品とサービスの入手 a210」ができるかどうかに焦点が当たる「活動」としてとらえられますが、友人と買い物に行くなら「物品とサービスの入手 p210」、あるいは「非公式な社会的関係 p750」という「参加」に分類されることになります。同様に、「調理」も、自分のためだけに食事を作るのであれば、活動としての「調理 a630」ですが、家族のために食事を作るのであれば「調理 p630」あるいは「家族関係 p760」に分類されることになります。
生活レベルのことなのか、人生レベルのことなのかということです。

今回のケーススタディでは
  • 障害者枠での雇用、就労支援継続事業所での雇用(p850 p845)
  • 普通学校(特別支援授業含む)、専門学校(p820)
という教育、雇用という公式な「参加」の形態に加えて、
  • 「p910 コミュニティライフ」に分類される地域での行事への参加
  • 「p750 非公式な社会的関係」に分類される友人関係
  • 「p920 リクリエ?ションとレジャー」に分類される趣味
  • 「p630 調理」「p640 調理以外の家事」に分類される家族関係
など、多様な参加の形が確認されました。

人との交流で、生きがい感が拡大する(つながり欲求、認め合う欲求)

心理学者のマズローは欲求段階説を唱えました。人の欲求は段階をおって上に上昇していく。
その充足に伴って生きがい感も高まっていくというものです。
  • 第 1 段階……食欲や睡眠欲などの、生理的欲求(Physiological)
  • 第 2 段階……身体などの安全を求める、安全の欲求(Safety)
  • 第 3 段階……仲間に入りたいという、帰属の欲求(Love/Belonging)
  • 第 4 段階……人から認められたいという、承認欲求(Esteem)
  • 第 5 段階……自分ならではのことで役に立ちたい、自己実現欲求(Self-Actualization)
このうち、第 3 段階は「つながり」欲求、第 4 段階は「認め合う」欲求と言い換えることができます。
ICF の「参加」とは、人との交流を通じて、この「つながり」欲求、「認め合う」欲求をみたしていくことに他なりません。そしてやがては自分固有の長所を生かして人の役に立つという自己実現欲求の達成に至ります。それが生きがいのホップ、ステップ、ジャンプでしょう。
「参加」を通じて、人と「つながり」、「認め合う」ことで、生きがいを実感できるのです。
「参加」が「人生のレベル」に対応しているのだということが、良く理解できると思います。

●背景因子には環境因子と個人因子がある

これまで述べてきた3 種の生活機能(心身機能・身体構造、活動、参加)に影響を与えているものを「背景 因子」と呼び、環境因子と個人因子の2 つに分けることができます。

環境因子(Environmental Factors)とは

第一に物的な環境因子があげられます。バリアフリーの建物や交通機関のほか、車いすなどの福祉用具も含まれます。取り上げた事例の中では、作業療法士が作ってくれた「指にフィットするペンホルダー」などがこれに該当します。
次に人的な環境因子があります。家族や友人、職場の仲間などが含まれます。また、社会的な意識(社会がどう見るか、どう扱うか)も人的な環境因子に入れられるでしょう。学校で同級生や上級生が小児がん経験者をからかうようなことがあるならば、それは「態度」に分類されるマイナスの環境因子であるといえます。
さらに、制度的な環境として、サービス・制度・政策などがあります。医療、就労支援、福祉、教育など専門のサービス提供者によって小児がん経験者に与えられるサービスはすべて環境因子です。長期フォローアップをしてくれる小児がん拠点病院や、発達心理検査をする機関、リハビリ訓練をしてくれる医療機関などは心身機能・構造や活動にプラスの影響を及ぼす環境因子となります。
そして環境因子として近年、とくに注目されるのが「合理的配慮」です。教育現場や就労の場で合理的配慮が十分用意されるか否かが、小児がん経験者の「参加」の質を大きく左右します。

促進因子(プラス)として働くか、阻害因子(マイナス)として働くか?

生活機能に対してプラスに働く環境因子もあれば、マイナスに働く環境因子もあります。これは次に述べる個人因子も同様です。プラスに働く背景因子(環境因子または個人因子)を促進因子といいます。マイナスに働く背景因子を阻害因子といいます。
先ほどの例の「指にフィットするペンホルダー」は「書くこと」の活動制限を取り除き、生活機能に対してプラスに働くので促進因子です。一方、同級生や上級生の理不尽な態度があったなら、それは参加を制約する形で生活機能にマイナスに働くので阻害因子であるといえます。
阻害因子を減らし、促進因子を充実させることで、生活機能の質を向上させることができます。これが後で述べるICFを活用することの大きなメリットです。

個人因子(Personal Factors)とは

その人固有の特徴のことで、分類、コード化はされていません。たとえば生活歴(学歴、職業歴)や価値観(趣味、関心など)、ライフスタイル、コーピング・ストラテジーなどを含みます。

●コーピング・ストラテジーも重要

この冊子は上田 敏氏の『ICF の理解と活用』を重要な参考文献として書き進めていますが、そこには上記のようにコーピング・ストラテジーがひとつの個人因子としてあげられています。私たちはこのことに強い関心を持ちました。
コーピング(coping)とは、「問題に対処する、切り抜ける」という意味のcope に由来するメンタルヘルス用語です。人はストレスのかかる状況や問題に対して何らかの対処行動をとりますが、その問題に対処する方法は千差万別です。その一人ひとりが持っている問題解決の方針、戦略のことを、コーピング・ストラテジーといいます。
今回の事例の中では、学校で嫌なことがあっても、「こんなことでいちいち休んでたら生きて行けへんわ」という信念をもって登校にのぞんでいた経験者がいました。また、理不尽な扱いに対して自分の言葉で気持ちを相手に伝えることができた経験者がいました。これらは困難な状況に対処する彼女たち自らが確立したコーピング・ストラテジーであると考えられます。
このように優れたコーピング・ストラテジーは、参加の制約を取り払い、参加を促進する、まさに促進因子として働きます。じつは小児がん経験者のなかには、少なからずこうした老成した考え方のできる子どもたちが確認されます。生活機能にプラスの循環をもたらす因子として今後も注目していきたいと思います。

ICF を活用するメリット

ここで、小児がん経験者を対象としてICF を活用することのメリットについて整理してみたいと思います。
『ICF の理解と活用』(上田敏著)を参考にしながらも、表現を改め、以下の4 点にまとめました。

長所、プラス面に目が行く

上田 敏氏は、ICF を活用して生活・人生を向上させるためには、「隠れたプラスの側面を引き出し、伸ばす」ことがきわめて重要であるといいます。
私たちはその教えを肝に銘じ、今回の4 つのケーススタディに臨みました。病気の内容、治療の経過、晩期合併症、それが学校生活にどのように影響していたか、とお話が進みますと、どうしてもネガティブな面が多くなります。しかしそんな中で、やがていくつかのポジティブな話が出てまいります。
こんなときには楽しそうにしている、こんなことが得意だ、こういうサポートがあって……。それを聞き逃してはなりません。そうしたプラスをこのICF 関連図に有機的に位置づけることこそ、「ICF を活用して生活・人生を向上させる」ことにつながるのです。
親御さんがわが子のICF 関連図を作成する際にも、こうした視点を大切にしてもらえればと思います。

悪循環を逆回転できる

小児がん経験者の陥りやすい悪循環として、「治療を終え復学したものの、晩期合併症があるため、いくつかの活動に制限があり、当番や、体育、運動会、あるいは遠足、修学旅行といった行事に参加することが制約され、次第に孤立していく」というサイクルがあげられます。この流れは、「心身機能の障害→活動の制限→参加の制約→環境因子の友人態度の悪化→さらなる参加の制約」というように表わすことができます。しかし、環境因子や個人因子にはコントロールできるものもあります。マイナスに働く阻害因子を少なくして、プラスに働く促進因子を充実することで、こうしたサイクルを逆転できる可能性があります。ICF 関連図を活用することで、悪循環を断ち切り、逆回転できる新たなビジョンが見えてくるのです。
上田 敏氏は「心身機能・構造」と「活動」、「参加」の間には相互依存性があるだけでなく、相対的独立性があるのだといいます。これは例えば、手が震えるから、字が書けないのは当然と考えるのではなく、手は震えるけれども、字が書ける方法はあるということです。手が震えることと字が書けることは相互依存しているように見えるけれど、相対的に独立もしているのだということです。この活動レベルの相対的独立性を利用す ることで、学校教育の継続という「参加」へと繋ぐことができます。

あきらめていたことに解決の糸口を見つけられる

前記のような相対的独立性は「活動」領域だけでなく、「参加」領域にもあります。上田 敏氏は「生活機能低下の原因と解決のキーポイントは別」であるといいます。
例えば、体温調節ができないから、炎天下での行事参加は不可能とあきらめてしまうと、「参加」の機会がどんどん奪われてしまいますが、「体温が上がりすぎるとろれつが回らなくなるから、その兆候が出たら水を飲むよう声掛けしてください」、などの呼びかけ支援をクラスメイトに依頼することで、できるだけ参加を維持してきた人がいます。
これなども、「参加」の相対的独立性の方に目を向け、心身機能の不全(体温調節困難)があっても、参加を実現する方法はあるはず、と考えたことが、解決(声かけによる水分補給)の糸口になったのだといえます。

衆知を結集できる

上田 敏氏はICF を活用することで、以下のような3 つの誤りを防げるといいます。
  • ①心身機能・構造を改善する以外に方法はない、と考える誤り(医療関係者が陥りやすい)
  • ②環境因子のみへの働きかけで解決しようとする誤り(福祉関係者が陥りやすい)
  • ③ 多職種がチームとして働いてはいるが、バラバラに働きかけている状態の誤り(分立的分業の誤り。共通言 語がないことで生じる)
小児がん経験者を取り巻く支援ネットワークも多職種です。小児がん専門医、内分泌専門医、リハビリテーション関係者、発達心理検査機関、福祉関係者、特別支援教育関係者、就労支援機関、それに私どものようなNPO などが存在します。
そして、上田 敏氏の指摘するように、これらの機関に共通言語がないことから、機能が重複したり、すき間が生じる等の分立的分業の弊害が生まれてしまうのです。
すべての関係者がICF という共通言語を活用することで、これらの陥りやすい誤りを回避し、衆知を結集して相乗効果のある協働体制を実現することができるのではないでしょうか。

ICF 関連図の作り方

実際にICF モデルに内容を記入してICF 関連図を作成してみましょう。
小児がん経験者を対象にICF 関連図を作成する手順(各欄への記入)はおおむね次の通りです。
(親がわが子のICF 関連図を作成することを想定しています) まずは、心身機能の障害が活動の制限、参加の制約につながっていることを把握するために以下の手順を行います。

①健康状態

小児がんの病名、治療の概略、主な晩期合併症を記入します。

②心身機能・身体構造

晩期合併症によって機能不全の見られる項目を、資料編のICF 中分類表の「心身機能」のコードにそってチェックします。詳細な定義や小分類を確認したい場合は、参考文献の『ICF 国際生活機能分類-国際障害分類改定版』を参照します。

③活動

心身機能・構造の不全によって影響を受け、活動の制限がみられる項目を、ICF 中分類表の「活動と参加」のコード表にそってチェックします。制限を受ける活動は■で表示すればいいでしょう。それとは逆にむしろ秀でている活動があるなら□で表示します。

④参加

心身機能・構造の不全または活動の制限によって影響をうける参加の制約をチェックします。(■で表示)
逆に、多少の制約があるものの参加を実現できている項目、制約がなく参加を実現できている項目を、書き出します。その後、ICF 中分類表の「活動と参加」の表でコードを確認しチェックします。(□で表示します)

注) 活動あるいは参加において、ポジティブな面とネガティブな面の両面があるような項目は◇あるいは◆で表示するのがいいのではないかと思います。

この手順ぐらいから、心身機能の障害→活動の制限→参加の制約という流れだけでなく、相対的独立性のある項目を意識することにとりかかります。すなわち、心身機能の障害があっても活動できていることや、参加できていることにも注目しはじめるようにして下さい。

⑤環境因子

心身機能・構造、活動、参加に影響を与える環境因子を、ICF 中分類表の「活動因子」を参照しながらチェックします。
どの生活機能にプラスまたはマイナスの影響を与えているかを考えながら、促進因子となるなら□で、阻害因子となるなら■で表示します。
すでに実現されている合理的配慮にくわえて、これから請求する可能性のある合理的配慮の項目を記入してもいいでしょう。合理的配慮を受ける前(ビフォー)と後(アフター)で関連図を2 種類作成するのも意義があると考えられます。合理的配慮がどのように活動の制限を取り払い、参加を促進するかが見えやすくなるからです。ビフォーと想定されるアフターの違いを、あえて表現するために作成するのもひとつの目的にしてよいと思われます。

⑥個人因子

コード表はありませんので、自由に記入してください。ただ子どもの活動状況に少なからず影響していると考えられる要因について、思いを巡らせてみてください。後述するように環境因子と並んで個人因子の内容は特に参加に大きな影響を与えることになると私たちは考えています。

⑦主観的体験

⑥までは客観的次元に属する内容ですが、この欄は唯一主観的次元に分類されています。本人の主観的体験のうち特筆すべきものを自由に記入してください。

ここまで記入できましたら、各欄の項目が別の欄の項目と、どのように相互作用しているのかを確認しましょう。心身機能が改善されなければ、生活(活動)や人生(参加)が良くならないと思っていたところに、何か新しい、これまでとは違う視点が生まれてきてはいないでしょうか。 環境因子に新しい項目を組み込むことによって、これまであきらめていたことが、変わるかもしれません。 個人因子を静かに眺めてみると、悪循環を逆回転できる、価値体系の変革が、見えてくる人もいるでしょう。 まずは、「合理的配慮」を考えるためのツールとして、ICF 関連図の作成に挑戦してみましょう!

ICF 活用例(ケーススタディ)

今回は、4 人の小児がん経験者およびご家族に協力いただいて、ケーススタディとして4 例のICF 関連図を作成することができました。 まだまだ稚拙なところがありますが、当団体にとっても、おそらく小児がん領域においても初の試みだろうと思われます。次項に各ケースを掲載しましたので、ご覧ください。

ケーススタディ①

7才の時に小児脳腫瘍(グリオーマ)を発病。手術ののち化学療法、放射線療法を受けました。視神経交叉部位を切除したので視野狭窄があります。易疲労性が強く、普通の人が何でもないことでも大変疲れるといいます。晩期合併症も内分泌機能の不全をはじめとして、高次脳機能障害など多くの症状があり、手帳も3 種取得しています。

「心身機能の障害」が、「活動の制限」および「参加の制約」 にどうつながっていたか?

汎下垂体機能不全で、副腎皮質ホルモン、甲状腺ホルモン、成長ホルモン、女性ホルモンが出ていないことから、全身倦怠感、易疲労性、不活発、意欲低下につながって、さまざまな活動が制限されていると考えられます。

体温調節も困難で体育の授業も見学が多かったようです。また、高温や多湿の時期には教室で過ごすこともできず、保健室で一日を過ごすことも多く、授業を受けることもできませんでした。

高次脳機能障害で、記憶障害があります。視野狭窄のため本も読みづらく、これらのことも相まって、知的な活動にも影響を与えてきたと考えられます。
学校から帰るとぐったりといった様子で、友人関係も次第に疎遠になっていきました。

それがどのように改善されてきたか?

しかしながら、中学2 年生の3 学期に特別支援学校に転籍して、状況は大きく変わったようです。お母さんいわく、「自分のことを気にかけ、認めてくれる人がいるということが分かったのがA にとって大きかった」のです。

Aさん自身も「高校からは楽しくなった」と学校時代の印象を話してくれました。
注目したいのは、Aさんが、手先が器用で手芸が得意、ミシンも使えて、ジグソーパズルも2000 ピースの上級レベルをこなす、という点です。

親しいボランティアの人がAさんのこの長所に気づいて、彼女の作品の携帯ストラップをイベント会場で販売したところ、30 個すべてが完売したと言います。
このことは、Aさんにとっても大きな喜びで自信につながりました。 自分の作品が多くの人に認められたのですから。

今後の課題と方向性

就労支援継続事業所(B型)に通って3 年目になるAさんですが、地域性もあって、現状では障害者雇用の道が拓けることは今後も難しいと考えられています。しかし、一方で、得意な手芸クラフトの分野を手掛かりに、社会参加の場を拡大して行くことができるのではないでしょうか(ただ、きめ細かく支援の輪を作るため、就労に役立つ.社会資源の発掘を継続して欲しいと思います)。

例えば、地域の生涯学習やカルチャースクールに参加してみたり、私どもエスビューロー主催の「小児がん脳腫瘍全国大会」で作品展示するのもいいでしょう。それをきっかけに、教えてくれる人との出会いや仲間づくりに発展することが期待されます。ブログやフェイスブックなどのSNS で作品の写真を載せて、感想をもらったり、交流するのも楽しいでしょう。

参加の場が広がり、交流が増えることで、つながり合い欲求や、認め合い欲求が満たされます。得意な手芸クラフトを「参加」へと育てることによって、Aさんの「生きがい」が拡大することを期待したいと思います。

ケーススタディ②

現在小学2 年生のI さんは、生後11 か月の時にAT/RT(非定型奇形腫様/ラブドイド腫瘍)を発病。手術、放射線療法(陽子線)、化学療法(大量含む)を受け、退院しました。晩期合併症があります。当初は手や足に痙攣があり、歩行困難でしたが、筋肉の緊張を緩和するボトックス治療と組み合わせたリハビリを受け、歩けるようになりました。現在は血液腫瘍科の他に、小児がん拠点病院の内分泌科、言語療法科(高次脳機能外来)、そしてリハビリ病院にかかっています。

心身機能の障害がどのように活動の制限や参加の制約につながっているか?

高次脳機能障害としては、ワーキングメモリーの値が低く記憶機能(b144)に難があります。また注意機能(b140)についても最初は集中できるのですが時間が経つにつれ気が散ってくる傾向があります。

また文字を書くときに手が震えます。これらの障害から読み(a166)、書き(a170)、計算(a172)という活動や、話し言葉が遅れがち(a330)な傾向がみられ、国語と算数は特別支援学級で授業を受けています。宿題も授業が進むにつれ、やりきるのが難しくなっています。

手はペンをもったり、スープなど熱いものを飲んだりする時に震えます。足はふくらはぎの筋肉が張っており、つま先立ちになり歩くのが遅いです。この結果、集団登校には入れず、親が途中まで送迎しています。入浴や更衣も親がいくらか手伝っています。 内分泌のバランスを欠いているせいか、まだ2 年生ですが二次性徴がみられ、学校にはいくつかの配慮(合理的配慮)を依頼し対応してもらっています。このようなことから、6 年生の3 人に、数カ月にわたり追いかけられたり、笑われたりしました。また同じクラスの同級生にきつい言葉をかけられ、精神的に落ち込むことが何度か続いていました。

どのように改善されたのか?

まず担任教諭や管理職の先生に依頼し、病気のことをクラスで説明してもらいました。学校にも柔軟に対応していただけるようになったので、次に、I さんの闘病中の動画をプロの方に編集してもらい、学校の「いのちの授業」の時間に学年3 クラス全員に観てもらうことができました。これによってI さんを支援しようという雰囲気が学校全体に広がったと言います。環境因子としての「母親の学校への働きかけ」が強力な促進因子となり、学校の柔軟な対応とうまくかみ合って、さまざまな合理的配慮(e330)が実現される良い循環へと変わってきたと推察されます。

さらに注目に値するのは、主観的体験に記載した、「理不尽な対応に対して自分の言葉で気持ちを伝えられた」ということです。ストレスがかかる場面では頭痛を感じることのあったI さんですが、6 年生の上級生に対するこの成功体験はとても貴重であったと思われます。I さんが困難な事態に直面した時のひとつのコーピング・ストラテジーとなるのではないかと考えられます。

今後の課題と方向性

以上のように背景因子の環境因子と個人因子が促進因子として相互作用し、学校教育の場への参加を維持できていると考えられます。しかしながら学習の遅れも段々と広がりつつあるので、今後の課題は、個別支援計画に基づいて特別支援教育を積極的に活用していくことだと考えられます。
毎年春にWISC の検査結果を提出し、授業計画に反映してもらうことが確立しているようですから、今後も医療側と学校の連携を密に行うことが大切でしょう。また、絵や紙粘土、特に服飾アートごっこがとても好きなようですから、I さんが生き生きしてやっていることを尊重し、いつでもできる環境を意識的に日常の中に作ってあげることが大切であると思われます。

ケーススタディ③

現在22 歳の女性です。小学2 年生の時に小児脳腫瘍(胚細胞腫)を発病。長期入院し3 年生の時に復学しました。
体温調節が困難で、小学中学時代は学校(普通学校)に特別に送風機を設置してもらっていました。
お母さんが、中学入学式の時にクラスで配慮してほしい事柄などを直接訴えてこられました。学校への合理的配慮を要請された草分けであるといえます。

現在も月1 回通院していますが、晩期合併症があります。特に影響が大きいのが体温調整(b550)が困難なことです。
真夏に体温が上がりすぎたり、真冬に体温が下がりすぎると、ろれつが回らなくなり思考力が低下し、判断を伴う課題の遂行(a210a220)が難しくなります。
一方で、毎日の日課などは難なく行え、中学時代から嫌なことがあっても休まずに行く生活習慣が確立しています(a230 a240)。コミュニケーションでは、接客のような臨機応変は難しい面がありますが、表情が豊かで非言語的メッセージの表出(a335)は良好であると思われます。

現在は3 箇所目の就労先(雑貨小売り)で、仕事内容は店舗で掃除、商品整理を担当。1 日4 時間、週20 時間、社会保険加入の勤務で継続しています。

背景因子である環境因子および個人因子に興味深い点がみられます

難病相談支援センター、障害者職業センター、ハローワーク、保健所の4 者が集まり晩期合併症を考慮し、前回の就労先での反省を踏まえ、新たな彼女の就労を検討する会議を定期的に設けてくれていること、その障害者職業センター所属のジョブコーチが、就労状況をしっかりとフォローしてくれること、こうしたした支援ネットワークの体制がT さんの就労(社会参加)を成功に導いたといえます。
また、「T は他の誰にもないものを持っている、それは病気という強みや」というようなお兄さんのポジティブな激励(e410)なども、個人因子に好影響を与えていると考えられます。
個人因子に取り上げたコーピング・ストラテジー「こんなことでいちいち学校休んでいたら生きて行けへんわ」というのは、中学時代に嫌なことがあっても学校を休まず行っていた時の口癖だそうです。こうした家族の態度という環境因子とコーピングという個人因子が相互作用して良い結果をもたらしていることが読み取れます。顧客からの感謝の言葉を通じてやりがいを感じつつある姿(主観的体験)がうかがえます。
また、職場では合理的配慮が提供されています。ICF としてはe330が「権限をもつ立場にある人の態度」です。雇用主や教師の態度、方針はこれに該当します。 現職場では、仕事内容、休憩時間、休憩環境などの点でT さんの心身機能の現状に対し、必要な配慮がなされているといえるでしょう。

今後の課題と方向性

今後は、体温が下がりすぎたり、上がりすぎたりしていることが、周囲の人には分からないことが課題です。最近ではバイタルセンサーのウェアラブル化の技術が進歩していますので体温センサーを常時身につけて、異常があればアラームが鳴って知らせるということができるようになるでしょう。
また、小児がん経験者の集まりや農園活動もT さんの大きな支えになっているようです。和太鼓も得意で手芸やお菓子作りも楽しいといいます。そうした心がワクワクするようなアクティビティを通じて社会的参加の機会を増やし、つながり合い、認め合うよろこびを深めて行ってほしいと思います。

ケーススタディ④

6才の時に小児脳腫瘍(髄芽腫)を発病。長期入院し、手術、化学療法、放射線療法、そして追加の化学療法を受けました。小脳の3分の2 を切除したので晩期合併症としては運動機能へのダメージが大きいです。

「心身機能の障害」が、「活動の制限」、および「参加の制約」にどうつながっていたか?

WISC 検査での処理速度指標が低いことや、立ち上がる時に転びやすいなど小脳の失調に起因することが多いようです。中学時代は授業に次第についていけなくなり、パニックになって泣いて過ごす(b152)ことも多かったようです。黒板の文字を授業時間内に書き写せない(a170)ことや、時間をかければ計算もできることが多いのですが、テストのように時間を区切られると難しく(活動の制限)、宿題も答えを写すのに精いっぱい(a210)だったようで、あまり親しい友達もなく(p750)家にいることが多かった(参加の制約)と言います。

現状ではそれがどうのように改善されたか?

環境も変わり、背景因子である環境因子の多くが促進因子として働くことで状況が改善されているように思われます。
こども発達センターに半年ごとにかかるようになって、学校向けに手紙を書いてもらうなど専門家として適切な支援を得られる(e355)ようになりました。また市の障害者地区担当が就労の相談にも応じてくれます(e580)。
専門学校の学習もH さんのペースにあったレベルでストレスやプレッシャーを感じることも少なくなりました。クラスの仲間との関係もよく、親しい友人が2 人でき、一緒にライブや買い物に行く(p750)ことが楽しみになっています。
学校、友人関係、に加えて三つ目の参加の形として家庭での役割を担っている様子がうかがえます。お母さんも仕事に行き始めたこともあって、風呂掃除や食器洗い(p640)、犬の散歩(p650)や弟への簡単な食事(p630)などを担っています。多様な参加の形が実現されているといえるでしょう。

注目したいのは、友人と出かける時、スマートホンのアプリを使って、目的地までの路線と時刻を調べて、待ち合わせ場所を決めるのがH さんの役割になっていることです。友人と「つながり合う」(第3段階欲求)よろこびだけでなく、「認め合う」よろこび(第4 段階欲求)も日々感じていると推察されます。

今後の課題

現状は今の専門学校の選択がうまく働いているようですが、就労については今後の課題といえるでしょう。市の地区担当の相談員がどこまでの機能を果たしてくれるのか現時点では不明ですが、就労へとつなげるためにはジョブコーチのような存在が期待されます。

3つのキーワード

このような4 つのケースについてICF 関連図を作成していくうちに、ICF 活用のメリットを引き出す、大切なキーワードが3 つ浮かんできました。
それは、「合理的配慮」、「関係者連携」、そして「生命(いのち)の躍動」です。

本格的に動き出す合理的配慮(Reasonable Accommodation)

前述しましたように、環境因子として近年、特に注目されるのが合理的配慮です。教育現場や就労の場で合理的配慮が十分用意されるか否かが、小児がん経験者の「参加」の質を大きく左右します。
「合理的配慮」は2011 年に改正された障害者基本法で明記されるようになった、比較的新しい言葉です。2013 年6 月に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)が制定され、この法律が2016 年4 月から施行されることを受け、配慮の必要な小児がん経験者に対する対応が、学校現場で大きく変わると予想されます。
文部科学省のHP によると、「合理的配慮」とは、「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。」とあります。 もう少しくだけた言葉でいえば、「障害者一人一人の必要を考えて、その状況に応じた変更や調整などを、お金や労力などの負担がかかりすぎない範囲で行うことが、合理的配慮です」(「みんなちがってみんな一緒!障害者権利条約」日本障害フォーラム発行)
リーズナブル(Reasonable)とは、「筋の通った」とか「高すぎない」という意味です。 たとえば、車いすの子どもにスロープを設置したり、弱視の子どもに拡大読書器を設置したりすることなどは、過度の負担には当たらない、筋の通った対応ということで、合理的配慮に該当します。
学校や職場は、障害者に対して合理的配慮を提供する義務があり、一方で障害のある人や保護者は合理的配慮の提供を受ける権利を持っています。この合理的配慮を行わないことは、一つの差別なのです。 また一人ひとりの置かれた状況によって、合理的配慮の内容は大きく異なってくるため、本人側も必要性を積極的に伝える必要があります。本人や保護者は周囲に対して必要な配慮を求める権利も持っているのです。
前述のように合理的配慮は「負担がかかりすぎない範囲」の中で実施されるものであり、労力や金銭面で負担が大きすぎる場合は実施が困難なこともあります。ただしその場合にも、学校・職場には説明責任があります。
特別支援学校や、普通校の特別支援学級においては、児童生徒一人ひとりに個別の教育支援計画と個別の指導計画を作成しています。年度当初の家庭訪問や個人懇談での話し合いの内容を基に、教師と保護者が一緒に作成していきます。もちろん、学期途中であっても児童生徒の実態に応じて適宜更新していく必要があります。 文部科学省の報告では「その(合理的配慮の)内容を個別の教育支援計画に明記することが望ましい。個別の指導計画にも活用されることが望ましい」としています。こうした点からも、保護者は学校に対して積極的に合理的配慮を伝えていく必要があります(本人・保護者による請求の必要性)。
しかし普通校においては未だ、個別の教育支援計画や個別の指導計画の作成が義務づけられていない現状があります。今後はその必要性はだんだんと高まるでしょう。保護者の方におかれましては、こういった動向を十分踏まえ、教育や就労の現場に対して働きかけていってほしいと思います。
  • 要求と要望、請求の違い
  • 「本人・保護者による請求」という言葉が出てきました。「要望」や「要求」という言葉と「請求」はどう違うのでしょうか?
  • 要求
  • 自分がして欲しいと相手に対して強く求めること。「待遇改善を要求する」「要求を突きつける」など
  • 要望
  • こうして欲しいと望むこと。要求よりも弱い、希望程度の強さ。「ご意見・ご要望の受付」「要望書の提出」など
  • 請求
  • 「既存の法律に基づいた権利」にのっとって相手に一定の行為を求めること。「架空請求詐欺」「不当請求」「請求書」など

関係者連携(会議)も重要な促進因子

●関係者会議とは……

当団体の元スタッフで特別支援学校の教員のI 氏によると、市の福祉課の担当、作業所のスタッフ、ヘルパー、在学時の担任教諭という構成で3 カ月に1 回就労支援のための会議を実施することになっているといいます。ジョブコーチやその役割を担う方々が中心となり、定期的に開催する。卒業後の課題やその解決方法、支援のあり方、就労のあり方が適切かどうかなどを評価し、改善していく、それが関係者会議です。
今回のケースの中で、難病相談支援センター、障害者職業センター、ハローワーク、保健所という4 つの機関の担当者が集まって就労を支援する会議を定期的に行ってくれるというT さんの例がありました。意欲的なジョブコーチに恵まれたことも、就労を実現する上で大きかったと思われますが、こうして各支援機関がネットワークを形成して連携する、そして話し合う場があるということが、極めて重要であることを私たちも再認識しました。
すなわち、関係者連携(会議)という環境因子が、「報酬を伴う仕事」(d850)という参加を促す促進因子として機能したのです。

  • 「ジョブコーチ」とは
  • 「職場適応援助者」の別称で、障害者が一般の職場で就労するにあたり、障害者・事業主および当該障害者の家族に対して障害者の職場適応に向けたきめ細かな人的支援を提供する専門職を指します。
    2002 年(平成14 年)に厚生労働省が創設した「ジョブコーチ支援制度」によって導入されました。

入院中から復学そして進学にかけても関係者連携(会議)は重要

私たちエスビューローでは、10 年前に復学支援DVD を作成しました。そこには円滑な復学を実現する3 つのポイントが説明されています。

つながりの維持

その第一は、入院期間中における地元校との「つながりの維持」です。T さんは入院当時ビデオレターをクラスの仲間と交換し、つながりを維持することができていました。他の患児の例では寄せ書きや千羽鶴なども「つながりの維持」に役立ったといいます。これらは院内学級の教員と医療者、地元校の担任教諭などが家族を中心に連携してこそ実現できることです。小児がん治療の入院期間はたいてい6 カ月以上の長期にわたります。その間、元のクラスとの精神的なつながりを維持できるかどうか、関係者連携は参加と生きがいという観点からも大切なことのひとつです。

退院時懇談会

復学を成功させるための2 つ目のポイントは、退院するときに保護者、主治医、院内学級教諭、地元校担任、養護教諭、管理職教諭などの関係者が集まって、通院治療、晩期合併症、配慮事項などの情報を共有する会議の場を持つことです。
これは、小学校から中学校へと進学するときも同様です。その場合は進学時懇談会となります。
ICF の言葉で表現するなら、専門の異なる関係者が一堂に会することが、参加を維持・促進する環境因子になるということです。

理解と配慮を求める

復学のための3 つ目のポイントは、病気および晩期合併症について説明し、そしてそのせいで健常な子と同じようにできないことがあるから、こういう時にはこうしてほしいという理解と配慮を、クラスの仲間や学校に求めることです。
同級生からきつい言葉をかけられることのあったI さんは、病気のことを説明した動画を、いのちの授業で学年3 クラス全員に観てもらう機会を得ました。その前と後では同級生の態度が大きく変わった(もちろんプラスに)といいます。
先ほど取り上げた合理的配慮が法的裏付けとともに注目される環境が整いましたので、復学するタイミングや小学校(中学校)に進学するタイミングでは、ICF を活用して、学校に呼びかけていってはいかがでしょうか。
これなども配慮に協力してほしい「クラスの仲間」という関係者を巻き込んだひとつの連携の形といえるでしょう。

生命(いのち)の躍動を発見し、参加へと育てる

エスビューローとして「ICF活用の手引き」という冊子を平成27 年度の助成事業の一環として作成しました。
園芸療法プログラムを試行的に実施し、このセラピーを受けた小児がん経験者(男子4人)のアセスメントをICF を活用して行いました。この4例と、ケーススタディの4例(計8例)を眺めながら、共通するコンセプトは何だろうか? と想いを巡らせました。
そして心に浮かんできた言葉が「生命(いのち)の躍動を発見し、参加へと育てる」です。(前述の生命レベル、生活レベル、人生レベルとはまた異なる次元なので、生命の読みを「いのち」としました)これは、「親がICF を活用して、どのようにわが子に接すればよいのか?」に対するひとつの答えでもあります。
まず、親はICF を活用して、わが子の心身機能(の障害)が、どのように活動を制限し、参加の制約しているのかを理解し、関係者と共有することが大切です。 しかしそれだけでなく、どうすれば(どんな合理的配慮を用意すれば、あるいはどんな個人因子のバージョンアップがあれば)活動の制限を緩和したり、参加を促進できるのかを見出さねばなりません。適切な背景因子のビルトイン(組み込み)は、ICF の悪循環を逆転させる(好循環させる)ことで、小児がん経験者の生きがい感を向上させることができるのです。
そのような好循環をつくり出そうとする時に、最も大切な視点は、この子は何に「こころ躍らせているのか?」ではないでしょうか。「そうか、この子はこれが好きで、これなら一生懸命やっている」、「このことなら本当に無心に嬉々としてやっている」ということに気づいたら、その生命(いのち)の躍動が、日常に適切に組み込まれるようにICF をデザインし直します。そしてその躍動の機会を軸に「参加」へと育てていくのです。
生命の躍動を感じる機会や事柄は、趣味や関心事のひとつとして個人因子に入ります。 「参加へと育てる」とは、Aさんの作品がイベント会場で完売したように、その機会を通じて人と交流するということです。例えばブログを書いてそこに作品の写真を載せると、もっと交流は広がるでしょう。「参加へと育てる」ことで、つながり合い、認め合いが次々と生まれます。個人因子である生命(いのち)の躍動が、人との交流を通じてさらなる生きがい感へと拡大していくのです。このことをもう少し具体的にみて行きましょう。。

自然や動植物に関わり生 命の躍動を感じる

動物(犬、猫、馬、イルカ、昆虫、魚や水辺の生きもの)あるいは、植物(季節の花、発芽、つぼみ、花が咲く、実をつける)の生き生きした躍動感と、自分の内なる何かが共振する。
動物介在療法、植物介在療法とは、こうした動植物と人間との間に生まれる相互作用を活用しています。(エスビューロー編「孤立うつ対策ハンドブック」第7 章バイオセラピー参照)前述ケーススタディのT さんは、今は月1 回の農園作業が一番楽しいといいます。園芸プログラムに参加したN さんは、もともと動物好きでしたが、今回自宅で寄せ植えを育ててみて、芽が育ち、蕾をつけ、花びらが開いていくさまに「ハッとした」と言います。

アートや運動を通して内なる躍動を感じる、表現する

(音楽、絵、書道、手芸、クラフト、ダンス、コミュニティスポーツ)

♪ぼくらはみんな 生きている 生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている 生きているから かなしいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば まっかに流れる ぼくの血ちしお潮
ミミズだって オケラだって アメンボだって
みんな みんな生きているんだ 友だちなんだ♪

ご存知のように、これは人気のアニメ「それいけ!アンパンマン」の作者やなせたかしさん作詞の唱歌「手のひらを太陽に」の一節です。
まさに、内なる躍動が音楽(歌)として表現されたものの代表ではないでしょうか。歌だけでなく、踊りもそうでしょうし、絵やクラフトにもそうしたものは表現されます。
ケーススタディにあったようにI さんはお父さんとサーフィンするのが大好きですが、日頃は、ビニール袋に穴を開けて、ドレスにし、リボンを貼り付けてクルクル回る、いわば服飾アートごっこを楽しそうによくやっていると言います。
Aさんは、手芸クラフトが得意で、私たちにいつも作品を見せてくれます。お母さんいわく、手先が器用でいろいろなものをコツコツ作るのが好きなのだそうです。そしてAさんのつくった作品は売れました。「売れた」ということは、「価値が認められた」ということです。
Hさんは親しい友人が2人できました。3人でライブに行くのが楽しいといいます。3人のなかではHさんが路線と時刻表をアプリで調べて、待ち合わせを決めるといいます。友人と「つながり」、グループの中で役割が「認められている」のです。
AさんやIさんのお話は、内なる躍動を、ささやかな「参加」へと上手に育てた例ではないでしょうか。こうした話をしている時、お母さん、ご本人もリラックスして表情を崩されます、この話題になるとお子さんの目は輝き、やっと興味が出てきたという感じでした。私たちもお聞きしていて楽しいのです。

日本を代表する世界的影絵作家、藤城清治さん(91 歳)が影絵を切る時の心境を次のように語っておられます。
  • 木は生命の象徴といってもいいでしょう。……
    その美しい木の葉を一枚一枚切り抜いていく。これが影絵制作の真骨頂です。……
    文字通り一枚一枚の葉を根気よく、ごまかすことなく切り抜いていく。木の葉を一枚切るごとに喜びが増し、美しさが大きくなっていきます。切り始めたら、やめられなくなってしまう楽しさです。
    よく人に「細かい木の葉をきるのは大変でしょう」といわれるけれど、僕は木の葉をきるのがうれしくてしょうがないのです。
    一見、同じように見える木の葉もみんな形がそれぞれ微妙に違っています。同じ種類の木の葉でも、一枚として同じ形はありません。自然のもつ奥深い、不思議な魅力を感じて驚いてしまいます。僕も一枚一枚、あっち向いてこっち向いて木の葉の形や波と葉の間の形を考えながら切って行くのがとても楽しい。
    それに、リズムにのって楽しく切らないと、木の葉も躍動してくれません。
    また、切っていく上で大切なのは自分の呼吸です。自分の息づかい、リズム、それがうまくからみ合って、大自然の神秘に挑戦していけるのです。切っていくうちに神経が集中し、研ぎ澄まされていきます。
    気がつくと、祈りのような思いがこめられています。
    特に木の葉をきるときは、片刃のカミソリの刃でないと葉っぱが生きてきません。カミソリの刃だと、人差し指の先が刃物になったように思えて、自由自在にひねったり、力の強弱をつけたりして、自分の息づかいを感じているような切り方ができるからです。カッターでは、なかなかそういう感じにはなりません。
    僕は木の葉を切るとき、いちばんの喜びと幸せを感じます。……
    深夜や明け方まで夢中で切っていて、僕は自分で折ったカミソリの刃の屑の上に座って、傷つくのも知らずにのめり込んでいることもしばしばです。……
    一本の木を見た僕たちが、そのいのちを表現するには、その木をじっと観察して、そこから様々なものを感じなければ描いたり切ったりできないと思うのです。
  • (『光は歌い影は踊る』藤城清治著)
藤城さんは、木の葉に生命の躍動を見て、その躍動に自分自身の内なる躍動を共振させているのだと思います。そして無心に影絵を切っているのでしょう。素晴らしい作品として世に認められたから意義があるという訳ではないでしょう。藤城さんに才能があったからできたのだという解釈も違うと思います。それは結果に過ぎません。大切なのは、その創作している過程で、生命の躍動を感じ、よろこびを感じて表現しているかどうかではないでしょうか。
そしてこれは、意識しさえすれば、余計な先入観を捨ててみれば、誰にでもあることではないでしょうか。
はじめは微かかもしれないその喜びを、人と分かち合い、共有することができるなら、それは大きな生きがいへとつながっていきます。
それが人生レベルである「参加」のもつ大切な意義なのではないでしょうか。

生命(いのち)の躍動を発見し、参加へと育てる

ICF は、小児がん経験者の、生きがい感を高めるツールとして、活用できるのです。


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  • 執筆責任者: 事務局長 長澤 正敏
  • ケーススタディ: 井村 元気
  • 協力者: 石川 昌人